漢方医学は、長い伝統と豊富な経験から作られてきたもので、その基本は“人間の体も自然の一部”という考え方です。さらに“病気ではなく病人をみる”、という考えです。
体本来のもつ働きを高めるように作用して、体自身の力で正常な状態に戻そうとするものです。
局所的に現れた症状だけを見るのではなく、病気の人全体を見て、心身全体のひずみを治していくという総合診療だと言えます。体全体の状態のバランスを総合的に見直すといった特徴があり、体質や生活習慣などから見直し、整えていきます。
西洋薬には西洋薬の優れたところがありますが、漢方薬、西洋薬、どちらが優れているというわけではなく、それぞれの得意分野を組み合わせるかたちで併用することが有効だと思います。

かぜ

西洋薬では、かぜに対する特効薬はなく、熱を下げる、細菌を殺す、咳を抑えるなどの対症療法になりますが、これらの薬は、胃が弱い人には胃腸障害を起こすことがあります。かぜは漢方の得意分野。漢方では、かぜの諸症状を治すだけでなく、抵抗力・免疫力を高めて、かぜを引きにくい体質に改善することができるのです。とくに体力が低下して起こる高齢者のかぜには効果的です。病態と体質に合っていれば、即効性のある薬です。また、飲んでも眠くならないため、仕事や勉強にも差し支えません。かぜの時期に加えて、個人の体質、症状によって薬を使い分けます。

  • 葛根湯…かぜの初期に。胃腸が丈夫で、発汗はなく、頭痛、首や背中のこりが強い場合
  • 麻黄湯…体力があり、汗はなく、関節痛、腰痛などがある場合
  • 小青竜湯…顔色が青白く、くしゃみ、鼻水をともなう場合
  • 桂枝湯…体力がなく、胃腸が弱く、熱があって自然に汗をかいている場合
  • 麻黄附子細辛湯…冷え症で、顔色が悪く強い悪寒があり、全身倦怠感、鼻水がある場合
  • 麦門冬湯…かぜが長引き、痰は少ないが、激しい咳発作がある場合

胃の不快感

胃は、体調や感情の影響を受けやすく、運動機能が低下しやすいデリケートな臓器です。胃がもたれる、腹部膨満感、食欲不振、吐き気、きりきりと痛む、胸焼けなどの胃の不快な症状には、胃に強い炎症や潰瘍などがなく、胃の運動機能が低下して起こるタイプ(NUD)と、ピロリ菌やストレス、消炎鎮痛剤などの服用によって、胃酸と自分の胃を胃酸で溶かさないための防御機能とのバランスが崩れて胃の粘膜が傷つき起こるタイプがあります。
胃もたれや腹部膨満感は、胃が十分にリラックスできず、本来ゴムのように伸縮し摂取した食物の量に応じて胃壁を広げるはずの胃が機能しないため、未消化の食べ物が胃に停滞して起こります。
胃の痛みや胃のもたれ、むかつきなどの背後には、胃がんをはじめ、さまざまな内臓疾患の可能性があります。
西洋薬には、胃の貯留機能(リラクゼーション)を改善させる薬はありません。漢方薬の六君子湯には、胃のリラクゼーションを助けて貯留機能を正常に戻す働きがあります。また、排出機能を高め、胃の血流を改善して胃の粘膜を保護する作用もあります。さらに、六君子湯には胃の運動機能を低下させるストレスを緩和する効果もあり、慢性的な胃腸虚弱の人に適した薬です。漢方薬は個人の体質、症状に合わせて薬を使い分けます。

  • 六君子湯:体力のない人で、貧血や身体の冷えがあり、食欲不振の場合
  • 安中散:冷え症で腹痛や下痢がある場合
  • 半夏瀉心湯:体力があり、みずおちに痛みがある場合

更年期障害

更年期障害は、閉経前後(40~55歳)の女性ホルモンの量が減少することにより、さまざまな身体的症状と精神的症状をいいます。個人差はありますが、ホットフラッシュと呼ばれる顔ののぼせ、ほてりをはじめ、発汗、動悸、肩こり、冷えといった身体症状のほか、イライラ、不安感、不眠などの精神症状もよくみられます。
一般的な治療法としては、女性ホルモン補充療法、精神安定剤、睡眠薬などが処方されます。これらの治療法にちょっと抵抗があるという場合は、漢方薬から試してみましょう。

  • 加味逍遙散
    のぼせ感があり、肩がこり、疲れやすく、精神不安やいらだちのある方の更年期障害、不眠症など
  • 温経湯
    手足がほてり、唇がかわく方の更年期障害、不眠など
  • 五積散
    体力中等度又はやや虚弱で、冷えがある方の更年期障害、頭痛など
  • 桂枝茯苓丸
    比較的体力があり、肩こり、頭痛、めまい、のぼせて足冷えなどのある方
    更年期障害、肩こりなど
  • 当帰芍薬散
    体力虚弱で、冷え症で貧血の傾向があり疲労しやすい方の更年期障害
    むくみ、冷え症など
  • 女神散
    のぼせやめまいなどで加味逍遙散では効き目がなく、いつも同じ症状で悩んでいる場合

冷え症

冷え症は西洋医学的には病気とは認められていませんが、冷え症に悩む女性は少なくありません。冷え症は万病の元となる体からの警告です。体質的なものに加えて、身体を冷やす生活習慣により、冷えが積み重なると言われています。漢方では、冷え対策をとても重視しており、内服治療としては温め・補い・巡らすことができる漢方薬の出番です。また漢方は、個人の体質、症状によって薬を使い分けるため、冷えを取るだけではなく、新陳代謝を良くし、頭痛、肩こり、めまいなどの随伴症状も改善することができる薬です。

  • 全身が冷えるタイプ:補中益気湯、十全大補湯、真武湯など
  • 手足の先が冷えるタイプ:当帰芍薬散、当帰四逆加呉茱萸生姜湯など
  • 足は冷えるが、顔がのぼせるタイプ:桂枝茯苓丸、温経湯、五積散など

頭痛

頭痛には、脳出血や脳腫瘍など頭蓋内の重大な病気が原因で起こる「症候性頭痛」などがありますが、多くは、いわゆる「頭痛持ち」の頭痛です。「痛み止め」を利用するのが一般的ですが、痛み止めを長く飲んでいると、胃痛を生じたり、冷えが誘発されたりします。
漢方では、頭痛と同時に現われる症状をもとに漢方薬を選びます。それにより、漢方薬で頭痛とそれに伴う症状を同時に改善することができます。

  • 呉茱萸湯:手足の冷え、肩こり、吐き気がある場合
  • 葛根湯:肩こり、首のこりがある場合
  • 五苓散:めまい、二日酔いの頭痛、天気が悪くなると悪化する頭痛
  • 半夏白朮天麻湯:胃腸が弱く、めまい、吐き気を伴う頭痛
  • 川芎茶調散:カゼに伴う頭痛、女性の慢性的な頭痛

不眠

更年期を迎える頃から不眠を訴える人が増えてきます。「寝つきが悪い」、「夜中や早朝に目が覚める」、「熟睡ができない」などの声がよく聞かれます。不眠かどうかは、睡眠時間ではなく、昼間に眠気がないことが大切です。
漢方薬は「一時的に眠くする薬」ではなく、「睡眠のリズムをコントロールする薬」です。睡眠薬のように依存性もありません。個人の体質や症状によって薬を使い分けます。

  • 加味帰脾湯:気持ちが落ち込んで、不安や心配があり、抑うつ傾向にある場合
  • 酸棗仁湯:体は疲れているが、眠れない場合
  • 抑肝散陳皮半夏:普段から怒りっぽい人で、夜中に目が覚める場合
  • 柴胡加竜骨牡蛎湯:音やにおいなどに敏感で、ドキドキして眠れない場合